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Science誌が選ぶ2016年の10大科学ニュース「Breakthrough of the Year」

Science誌が毎年12月末に発表している、1年間を通じて革新的であった研究成果やテクノロジーを選出した「Breakthrough of the Year」が今年も発表されました。

Ripples in spacetime: Science’s 2016 Breakthrough of the Year
http://www.sciencemag.org/news/2016/12/ripples-spacetime-sciences-2016-breakthrough-year
From AI to protein folding: Our Breakthrough runners-up

http://www.sciencemag.org/news/2016/12/ai-protein-folding-our-breakthrough-runners

生体分子から惑星サイズに至るまで多岐にわたる分野から選出されていますが、本記事では、それぞれの研究成果およびテクノロジーについて解説をしていきたいと思います。

なお、記事中で使用している画像のうち、クレジット表記のないものについては、公式プレスリリースもしくはWikipedia等の非営利使用を許可されている画像を使用しています。

2016/1/2 追記
すみません、はてブ見てビックリしたんですが多くの人に読んで頂いているようでありがとうございます。↑の画像使用のくだりについてですが「広告入れていない=非営利」くらいの感覚で書いておりました。クレジット入れてなかった部分にもリンク追加しておきますね。

重力波の検出

Image from NASA

Scienceの選出内容は、いわゆる大賞に相当する「Breakthrough of the Year」と9つの「Runners-up」から構成されますが、今年その大賞に選出されたのが、米国のLIGOプロジェクトなどによる重力波の初観測です。

本題に入る前に、重力や重力波がどんなものなのか少し説明をしましょう。重力の波と表記されてはいますが、その実態は時空間の歪みが波のように伝わる現象を示したもので、1916年にアルバート・アインシュタインが発表した一般相対性理論によって初めて存在が予見されました。

例えば、地球のまわりを周回している人工衛星について考えてみましょう。人工衛星は、地球から引っ張られる力と遠心力とが釣り合うことで一定の軌道上を延々と飛び続けることができます。一方で、ボイジャーのような、地球から遠く離れて周りに星が全くないような場所にいる衛星には外部から力が働かず、慣性のみによって飛んでいます。

一般相対性理論は、衛星が地球に引っ張られるような重力の起源を「時空の歪み」という考え方を使って説明しました。すなわち、質量をもった物体、ここでは地球のような天体の周囲では、空中に張られた伸び縮みするゴムシートの上に鉄球を落としたように時空間の凹みが発生しており、空間上を運動する物体はこの凹みに向かって引きつけられるというわけです。

スタンフォード大学のDan Burns教授による重力のデモ実験映像は、このことを視覚的に見事に表現しており、大変わかりやすいです。この映像からも、大きな質量のおもりを置くほどシートの凹みは大きくなり、周囲の物体を引っ張る(この場合は落ちこませるという表現が良いでしょうか)力が大きくなることがよくわかります。

重力の起源については、素粒子物理学の観点から「重力子(Graviton)」をターゲットとした研究もありますが、話がややこしくなるのでここでは触れません。興味のある方はググってみてください。

人工衛星のような小さな物体は言うに及ばず、地球や太陽くらいの規模の天体では時空間の歪みもそれほど大きくはありません。しかし、超新星のような極めて質量の大きな天体では空間の歪みも非常に大きなものとなり、一定の質量を超えると光すら脱出できない深い深い時空間の落とし穴が形成されます。これがブラックホールというわけです。このような天体が運動したり、互いに衝突したりすると、その巨大な衝撃がさざ波のように伝わります。このさざ波が、重力波というわけです。

アインシュタイン以降も重力波に関する研究は世界中で行われ、1970年代にはマサチューセッツ工科大学のRussell Huls・Joseph Taylorにより、2つの近接した中性子星(非常に大きな質量を持つ天体)が自身の発生する重力波のためにエネルギーを失い星の公転軌道を変化させているとした研究結果を発表したことで、重力波の存在確度は飛躍的に高まりました(参考: PSR B1913+16 – Wikipedia)。

しかし、この研究は天体運動とエネルギー計算から間接的に重力波の影響を調べたもので、重力波そのものを観測したわけではありません。そこで、重力波を直接観測するためにマサチューセッツ工科大学やカリフォルニア工科大学が中心となって1992年に発足したのが、LIGO(Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory)プロジェクトです。

LIGOは、レーザー干渉計という装置を使って重力波が光に与える影響を調べようというものです。原理自体は比較的シンプルで、レーザー源から発射したレーザー光をスプリッターで互いに直角な2方向のトンネル内部を飛ぶように分岐させ、それぞれのトンネル終端に設置された鏡で反射してきた光が同時に検出器に入るようにします。何も起こらなければ検出器に入るレーザー光はレーザー源から出た光と同じ強度になりますが、重力波の影響で歪んだ空間をレーザーが通過すると、「干渉」という現象によって検出器で捉えられる光の強度が変化します。この変化パターンを分析することで、重力波の影響を見つけ出そうというわけです。


Image from KAGRA

2002年に稼働を開始したLIGOは、2010年までの8年間にわたって観測を続けていましたが、計測精度などの問題で目ぼしい結果は得られませんでした。

そこで5年間をかけて大規模な改良工事が行われ、2015年9月に観測を再開したLIGOは、2日後に地球から14億光年はなれた天体を起源とする重力波を検出することに成功。さらに、2015年12月には一度目と異なる天体から発生した重力波を検出しており、実験手法の妥当性と再現性が確認されました。

重力波が検出されたことの最大の意義は、人類が宇宙を観測する上で新たな「武器」を手に入れたということです。これまでの天文学では、可視光か、X線や赤外線といった電磁波を用いて観測が行われていましたが、極めて複雑な宇宙の現象の中には、それらをプローブとした手法では捉えることが出来ない現象が存在しているものと考えられます。

現在、LIGOではさらなる感度向上のための改良が行われており、同時にイタリアのVIRGOや日本のKAGRAといった各国の重力波研究拠点との連携も進んでいます。今後、重力波天文学という新時代を迎えた宇宙研究において、ブラックホールや宇宙の起源などに関する革新的な知見が得られることが期待されます。

 

もう一つの地球?


Image from Wikipedia

現在発見されている星の中で地球に一番近い恒星は、ケンタウルス座の「プロキシマ・ケンタウリ (Proxima Centauri)」という星です。2016年8月、この恒星のまわりを周回している惑星が新たに発見されました。

「プロキシマb (Proxima b)」と名づけられたこの惑星は、地球から4.2光年離れた場所にあり、公転周期11.2日で恒星の周囲をまわっています。観測結果から、質量は少なくとも地球の1.3倍、惑星半径は地球の0.9~1.5倍程度と見積もられており、その密度から岩石や金属を主な構成成分とする「地球型惑星」であると見られています。

プロキシマbは、主星であるプロキシマ・ケンタウリから非常に近い距離にあり、地球と太陽の距離の約5%に相当する750万kmほどしか離れていません。しかし、プロキシマbが受けているエネルギーは地球が太陽から受けているエネルギーのおよそ70%程度と比較的温和な環境であることから、液体の水が存在している可能性も示唆されています。

現時点ではあまり多くの事が分っていない星ではありますが、20年をかけてレーザー推進式の超小型無人探査機を送り込む「BREAKTHROUGH STARSHOT」という計画が宇宙物理学者のホーキング博士らを中心に検討されているほか、プロキシマbが属するαケンタウリ星系の観測を目的とした宇宙望遠鏡の開発を目指す「Project Blue」という民間の計画も発表されています。

生命の存在が可能なハビタブル・ゾーンに位置する惑星はこれまでにも幾つか発見されていますが、地球から最も近い恒星系にある星ということもあり、今後研究が進むことで太陽系外における地球型惑星の形成について重要な知見を得る手がかりになるかもしれません。

 

人間を超えた知能

人工知能、より正確には統計と機械学習を基盤とした「弱いAI」の技術は、近年様々な分野で技術革新をもたらしています。その中でも、Google傘下のDeep Mind社が開発した「AlphaGo」が碁の世界的プレーヤーである李世乭(イ・セドル)棋士に勝利した出来事は、ここ数年間でのAI研究を代表する成果と言えるでしょう。

数千年の歴史を持つと言われる碁は、「自分の石で相手の石の前後左右を囲む」という非常にシンプルなルールでありながらも、チェスや将棋を凌駕する棋譜パターンが存在すると言われています。

1996年に当時のチェス王者だったゲイリー・カスパロフを破ったIBMの「Deep Blue」では、ルール下で有り得る石の動きとエキスパートの打ち手をベースとしたパターンを、強力なスーパーコンピューターで片っ端から探索するといった方式が用いられていました。しかし、チェスよりも圧倒的にパターン数が多い碁では、定石を外れた奇手も多く、コンピュータが人間を負かすということは一度もありませんでした。

AlphaGoは、従来の総当たり的な探索手法とは異なり、ニューラルネットワーク技術によってコンピューターが自律的に棋譜を開拓していく技術を実現しました。AlphaGoシステムの特徴を大まかに述べると、現在の盤面の状態評価を行うネットワークと次手を決定するネットワークとを独立させていること、教師あり学習と強化学習をセットで行っていること、探索手法としてモンテカルロ木探索を用いていることの三つがあります。

学習のアプローチとしては、まずKGSという囲碁対局サイトに保存されている棋譜パターンおよそ3000万通りを教師データとして、次手決定ネットワークに人間の打ち手を模倣する学習を行わせた後に、強化学習として自分自身との対戦を繰り返して得たデータを盤面評価ネットワークと結合することで、開発者すら予測できない自律的な意思決定を可能にしています。(参考: AlphaGoの論文解説とAIが人間を超えるまで

AlphaGoの勝利によって「コンピューターが人間を超えた」と一義的に言えるわけではありませんが、機械学習分野の中でも特に難問とされていた碁の世界において、一つのブレイクスルーがなされた事は間違いありません。つい先日にはネット上でという正体不明の棋士が最新の囲碁AIを圧倒したというニュースがありましたが、2017年も「囲碁×テクノロジー」の話題は盛り上がりを見せてくれそうです。

 

老化細胞の除去による若返り

生物の組織は、細胞によって構成されています。細胞にはそれぞれに寿命があり、時間の経過とともに細胞分裂を停止した「老化細胞」が生物の体内に蓄積していきますが、それらの老化細胞が生物の健康状態や寿命にどのような影響を与えるかについては諸説あり、現在でも議論が続いています。(参考: 細胞老化の二面性 -がん抑制とがん促進-

しかし、米メイヨークリニックのJan van Deursen氏らのグループが2016年に発表した2つの研究成果は、体内の様々な組織に存在する老化細胞を除去することが、生物の健康状態や寿命の改善につながることを強く示唆するものです。

2月にScience誌に掲載された一番目の研究では、中年期のマウスに対して老化細胞が特定の薬物に反応するとアポトーシス(細胞死)を生じるよう遺伝子操作を施し、経過を観察。その結果、心臓や腎臓などの組織劣化が遅くなり、ガンの発症タイミングも通常より高齢な時期に変わりました。加齢に伴う記憶能力や筋協調の低下などについては緩和的な効果が見られなかったものの、個体の寿命は20%ほど延長したと報告されています。

tiburi / Pixabay

老化細胞を除去することが組織の健康改善に効果があると考えたDeursen氏らは、次に、高脂肪食を与えることでアテローム性動脈硬化(高血圧や高血糖により動脈内部に “プラーク” と呼ばれる血管壁のコブが生じることで起きる)を誘導したマウスにおいて、老化細胞を選択的に除去できるように遺伝子操作した個体と通常の個体とで比較を行いました。

その結果、老化細胞が除去されるようにしたマウスでは、通常のマウスに比べて血管内のプラークが60%少なくなったと報告しています。さらに、泡沫細胞と呼ばれる細胞が老化することで、プラークを破裂しやすい不安定な状態に誘導する酵素を発生していることも明らかになり、老化細胞の存在が動脈硬化の最初期から発症に至る一連のプロセスに大きな影響を与えている事が判明しました。

この研究で使われた手法を人間にそのまま適用することは出来ませんが、研究グループでは、得られた知見を基に老化細胞除去薬(senolytic drugs)を開発しており、来年には関節炎の患者を対象とした最初の臨床試験が予定されています。

いずれの研究もScienceがニュース記事として出していたので、リンクを貼っておきます
Suicide of aging cells prolongs life span in mice (Feb. 3, 2016)
Are old cells breaking our hearts? (Oct. 27, 2016)

 

類人猿における「心の理論」

Pixel-mixer / Pixabay

相手が自分と同じように考え・感じる存在であることを認識すること、また相手の立場にたって感情や心理・思考などを推測する能力は、社会生活を維持する上で重要な能力です。このような能力は、心理学の分野では「心の理論 (Theory of Mind)」と呼ばれます。

この概念を具体的なイメージとともに説明するために、まず以下の文章を読んでみてください。

「サリーとアンが、部屋で一緒に遊んでいる。サリーはボールを、かごの中に入れて部屋を出て行く。サリーがいない間に、アンがボールを別の箱の中に移す。サリーが部屋に戻ってくる。」  心の理論 – Wikipedia より引用

このような状況で部屋に戻ってきたサリーはボールがどこにあると答えるでしょうか?恐らく多くの人が「かごの中」と回答すると思います。しかし、心の理論が十分に発達していない人は「箱の中」と答えます。

サリーの視点に立って見ると、自分が部屋にいない間に行われたボールの移動は知らないわけですから、最初に自分が入れたかごを探そうとするのはごく自然な行動です。しかし、サリーの視点など関係なしに「ボールが移動した」という事実のみに着目すると、「今ボールは箱の中にあるんだからそこを探すでしょう?」という考えに至るわけです。一般的に、人間は4歳から5歳ごろにかけて自然と心の理論を身につけていますが、自閉症などで発達が遅れている場合には、上記の質問に正しく回答することができません。

サリーとアンのような心の理論の有無や発達度合いをはかるために用いられているテストを「誤信念(false-belief)課題」と呼びます。ここで本題ですが、心の理論は人間にのみ存在するものでしょうか?それとも動物も身につけている能力なのでしょうか?

様々な類人猿の行動観察から、おそらくチンパンジーやボノボといった類人猿にも心の理論が存在しているであろうとする見方はあったものの、言葉が通じない相手に人間と同じ誤信念テストは適用できません。そのため、類人猿を対象とした誤信念課題の研究も行われていましたが、これまでに十分な学術的裏付けを得た成果はありませんでした。

しかし2016年、米デューク大学のChristopher Krupenye氏とFumihiro Kano氏らにより、類人猿の心の理論を裏付ける重要な研究結果が発表されました。以下の映像が、実際に行われた実験の映像です。

この実験は、サルの着ぐるみを着た「偽類人猿」が人間を攻撃し、人間が棒を使って反撃するというもの。あらかじめ「人間は攻撃する時に必ず棒を使い、棒を持っていない場合はケージの外に取りに行く」ことを表現した映像を見せた後で、人間が棒を取りに行っている間に偽人類が隠れる場所を変えた場合に、映像を見ている類人猿の視線がどのように移動するかを赤外線アイトラッキング技術で追跡しています。

実験の結果、映像を見ているサルは、人間が棒を持って戻ってきた時に、偽類人猿が最初に隠れた場所を注視しており、誤信念に基づいて人間の行動を推測していることがわかりました。また、別の実験では、檻の中の偽類人猿が人間の見ている前で岩石を隠して人間がいない間に隠し場所を変えるパターンがテストされましたが、こちらでも、サルの視線は人間の立場に立って行動を推測していることが示されています。

これまで学術的裏付けが希薄であった類人猿の心の理論を調べるうえで、この研究成果は非常に重要なものとなります。今後、研究が進むことで彼らの思考や精神活動に関するさらなる理解が期待されるほか、同種の実験系を用いることで、類人猿以外の生物における心の理論を調べることができるようになるかもしれません。

「心の “理論” 」という呼称ではあるものの、一般的な「特定の事象や現象の論理的枠組み」という意味合いを持つ理論というよりも、精神的な能力を指す一つの固有名詞として使われており、日本語版・英語版のWikipediaにも、共にそのような表記がなされています。

 

精密なタンパク質設計

Image from Youtube

タンパク質は、生物の体を成長・維持する上で無くてはならない重要な物質です。血液中で酸素を運搬しているのはヘモグロビンというタンパク質ですし、筋肉繊維を構成しているのはアクチンやミオシンといったタンパク質です。髪の毛や爪を作っているケラチンや、皮膚や靭帯に存在しているコラーゲン、免疫細胞によって作られるグロブリン…など、挙げていけばキリがありません。

これらのタンパク質は、20種類のアミノ酸が互いに結合した鎖状の分子が、相互作用で螺旋状になったり折り畳まれたりして立体的な構造をとっています。このようなタンパク質の立体構造は非常に複雑で、一般的にはX線結晶構造解析や電子顕微鏡などの実験装置によって得られたデータと理論的なシミュレーションを照らし合わせることで構造を決定します。

もし、コンピューター上でデザインしたタンパク質の立体構造から、必要なアミノ酸の種類、アミノ酸の配列、求められる折りたたみ角度などを計算することが出来れば、所定の順番でアミノ酸を合成していくことで、コンピューター上でデザインした構造と同一の分子を作り出すことができます。言い換えれば、画面上でレシピを描いてその通りに順序を踏むことで、目的としたタンパク質分子をオーダーメイドで作ることが出来るというわけです。

ワシントン大学のDavid Baker教授のグループは2016年、3種類のアミノ酸を所定の配列で結合させることで、正二十面体のケージ状タンパク質が出来上がるような構造をコンピューター上で設計。大腸菌を使って実際に設計した分子構造をもつタンパク質を合成したところ、出来上がった分子同士の相互作用によって自発的に立体構造を形成することが確認されたと報告しています。

Image from nature

Baker氏らが合成した分子のようなケージ構造は、体内の特定の場所に薬剤分子を輸送するドラッグデリバリーの分野や、不安定な分子を内部に閉じ込めて安定化させる分子カプセルなどへの応用が期待されており、今後研究が進むことで、創薬研究などへの応用に繋がる可能性もあるかもしれません。

 

実験室内で卵子の形成過程を再現

2006年に京都大学の山中教授らがiPS細胞の作製に成功したことをきっかけに、多能性幹細胞を起点として生物の様々な組織を人工的に作製する研究は飛躍的な進歩を続けています。その中でも、成熟した体細胞をもとに精子や卵子といった生殖細胞を作り出し、そこから子どもを生み出す研究は、不妊治療や先天的な遺伝疾患の研究といった点で重要な意味を持つものであると考えられています。

九州大学の林克彦教授(当時は京都大学)らは2012年、ES細胞およびiPS細胞から機能的な卵子を人工作製することに成功しており、その卵子を使って健常なマウスを誕生させることに成功しました。この時に生まれた仔マウスは正常な生殖能力を有しており、成長後に次世代のマウスを生み出しています。(参考: 京都大学プレスリリース

この研究成果は画期的なものでしたが、当時は複雑な卵子の形成プロセスを人工的に再現することが難しく、発生の過程で生きたマウスの卵巣に卵母細胞(卵子になる前段階の細胞)を戻す必要がありました。このプロセスは、移植先の個体において免疫拒絶やがん化のリスクなどを含んでおり、将来的に人間への応用を考えた時には、大きな障壁になり得ることが考えられます。

そのため、iPS細胞から卵子に至る一連の発生プロセスを生物の体外で再現する研究が世界中で進められていましたが、発生が正常に進まなかったり、作製された卵子から誕生する仔マウスに異常が見られたりといった課題がありました。

2016年10月にNature誌に発表された林教授らの研究では、マウスの尻尾から作製したiPS細胞を始原生殖細胞に分化させ、その細胞が卵子へと成長していく約5週間の期間を3つの期間に分け、それぞれのステージで最適な培地や血清・成長因子といった成分を最適化していくことで、最終的に卵母細胞が成熟するために必要な卵巣内の「卵胞構造」を人工的に再現することに成功。作製された卵子にマウスの精子を受精させて子宮に移植したところ、生殖能力をそなえた健常なマウスが誕生したと報告しています。


Image from 九州大学 (リンク先PDF)

今回の研究では、受精卵のうち成体にまで成長したのは全体の3%程度であったものの、今後は、培養プロセスの改良による卵子の質向上や、システムの効率化による大量産生を目指すとのことです。

 

人類の大きい移動はアフリカからの単一ウェーブ

人類の進化のモデルは、アフリカを単一起源とする説と、世界中の各地で同時進行的に進化を遂げたとする多地域進化説に大別されます。

世界中で様々な民族を対象に行われてきたゲノム解析の結果から、近年ではアフリカが人類発祥の単一起源であるとする説が有力ですが、その場合においても、アフリカからの人類移動が一度の大規模ウェーブで終わったのか、複数回のウェーブに分かれて各地に散らばっていったのかということについては明らかになっていません。2016年は、そうした人類の大移動の謎を解き明かす上で重要になるであろう、研究成果がいくつか発表されました。

デンマークのコペンヘーゲン大学などのグループは、オーストラリアのアボリジニやパプアニューギニアニア人から採取した83の遺伝子を解析した結果として、彼らはおよそ5万年前に陸続きだったオセアニア周辺にたどり着いた集団を共通の祖先に持ち、4万年ほど前を境にしてオーストラリアのアボリジニとパプアニューギニア先住民とに分かれたと述べています。

ハーバード大学の David Reich教授らが中心となって行われたプロジェクトでは世界中の142の民族において300種類の遺伝子を解析しており、こちらの研究結果でも、現代人はある時期にアフリカを出た単一の民族ウェーブに由来するとした見解が示されています。

一方で、379の民族を対象に125の遺伝子解析を行なった、ケンブリッジ大学などの別グループの調査からは、他の研究結果と概ね一致する傾向が見られたものの、パプアニューギニア人の遺伝子のおよそ2%に、約12万年前にアフリカを出発したと思われる別種族の遺伝子が見つかっており、7万年前の移動よりもさらに昔に、アフリカを旅立った人類がいたことを示唆する結果となっています。

Reich教授は、この未知の先行者の影響について「次の10年間はこの2%について議論することになるだろうが、実際的には大きな問題ではない」と語っています。

参考: Almost all living people outside of Africa trace back to a single migration more than 50,000 years ago (Science)

 

ポケットサイズのシーケンサー

Image from Oxford Nanopore Technologies

DNAのRNAの構造を調べるために使われるシーケンサーは、光学技術や生命科学の発展に伴い、近年では小型化・高性能化が進んでいます。しかし、比較的に低価格化が進んできているとは言え、一台数百万円から数千万円ほどする装置のため、個人や家庭レベルで購入してDNA測定、という時代はまだまだ先のこと…と思われていました。

2012年、英国を拠点とするオックスフォード・ナノポア・テクノロジーズ(以下、オックスフォード社)は、USBメモリよりも一回り大きいサイズの次世代シーケンサーを発表し、DNAシーケンシングのイメージを大きく変えました。

オックスフォード社が開発したシーケンサーは、膜タンパク質の表面に開いているナノメートル単位の穴(ナノポア)の中にらせん構造をほどいた一本鎖DNAを通過させ、ATCGの塩基ごとに異なる微弱な電流変化を検出することで、DNAの構造を調べるというものです。この原理から、オックスフォード社の技術は「ナノポアシーケンス」と名付けられています。


Image from Vimeo

同社では、デバイスの動作原理について30を超える論文をプレプリント・サーバー「bioRxiv」上に公開しており、エボラ熱などの病原性ウイルスや大腸菌のシーケンシングなどにも対応しているほか、2016年10月にはスマートフォンよりも一回り小さなシーケンサー「MinION」でヒトゲノムのシーケンスに成功したと発表しています。MinIONは、国際宇宙ステーションでの実験でも使用されています。


MinION。ハーモニカ程度のサイズで高度なシーケンスが可能。

かつては企業の研究所や大病院の検査室でのみ使われる装置だったシーケンサーですが、家庭用DNAシーケンサーで遺伝子診断、という時代がやってくるかもしれません。

 

可視光で機能する超薄型フラットレンズ

技術の進化は、バッテリーや映像スクリーン、電子回路などの技術領域において劇的なサイズダウンを実現してきましたが、光学レンズの基本的な製造法と形態は数百年にわたって大きな革新のないままです。

そうした光学レンズの分野に革命をもたらすものとして近年注目されているのが「メタマテリアル」と呼ばれる材料を使ったフラットレンズの研究です。これは、ガラスなどの表面にナノレベルの微細構造を敷き詰めることで導波路を形成し、光の屈折を制御してレンズとしての機能を実現しようというもので、上手く行けば既存のものよりも遥かに薄くて軽量なレンズが出来るものと期待されています。

しかしこれまでの研究では、期待する性能が得られる波長の範囲が狭い、レンズ化した状態での屈折率が実用的なレベルにならないなどの課題が残っており、今日に至るまで実用レベルの技術は開発されていません。

2016年6月、ハーバード大学のFederico Capasso教授のグループは、原子層堆積技術(Atomic Layer Deposition, ALD)を用いてガラス表面に二酸化チタンのナノピラー構造を形成することで、可視光の全波長域で高効率に機能する平面レンズの作製に成功したとする論文をScience誌に発表しました。


ガラスプレート上に形成されたメタレンズ。


表面の拡大像。様々な方向のナノピラーが配置されている。


メタレンズで撮影されたタマネギの顕微鏡イメージ。(Images from youtube)

作製されたレンズ表面のナノピラーは、高さがわずか600ナノメートルという極めて厚みの少ない構造にも関わらず、最大で170倍の拡大倍率に対応しています。

プレスリリースの中でCapasso氏は「既存のレンズは複数の研磨工程を必要とするが、我々のレンズは1ステップで作ることが出来る」と製法の簡便さについても訴求しているほか、BBCのインタビューに対して「必要な設備が整えば12インチのメタレンズも作ることができる」と語っています。

Cappaso氏らのグループは、2015年に色収差を一枚のフラットレンズで解決する技術も開発しており、今回の可視光メタレンズの技術と組み合わせることで、より広範な光学特性を備えたメタレンズの実現が期待されます。

“Science誌が選ぶ2016年の10大科学ニュース「Breakthrough of the Year」” への3件のフィードバック

  1. 匿名 より:

    『類人猿における「心の理論」』について、「しかし2016年、米エモリー大学のFrans de Waal氏らにより」とありますが、著者をお間違えではないでしょうか。
    動画の最後(3:04あたり)では CitationとしてKrupenye氏とKano氏の名前が出ています。
    またこの2名はBreakthroughの対象となった論文のページでも「These authors contributed equally to this work.」と書かれていますし、ここではFrans de Waal氏のお名前は著者に入っておりません。
    http://science.sciencemag.org/content/354/6308/110

    • sykuma より:

      お世話になっております、コメントいただき誠にありがとうございます。

      ご指摘の通り、読み違えておりましたので1st authorのKrupenye氏を代表名として修正いたしました。ご確認いただけますでしょうか。何卒よろしくお願い致します。

      • 匿名 より:

        ご検討ありがとうございます!1番目に書いてある名前はたしかにKrupenye氏ですが、Kano氏も同じ貢献である(These authors contributed equally to this work.)、と記載がございます。したがって両者の名前を記載することが科学の慣習としては公平かと存じます。
        このような素晴らしいサイトを日々更新し素晴らしいコンテンツを生み出す姿勢に、脱帽するとともに感謝申し上げております。長く継続されることを願っております。

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