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Breakthrough of the Year: Science誌が選ぶ2017年の革新的研究と9つの重要成果

Science誌が毎年12月に掲載している、その年の “科学ブレイクスルー” と9つの重要な研究成果をまとめた「Breakthrough of the Year」の記事が、今年も公開されています。

2017 BREAKTHROUGH OF THE YEAR
http://vis.sciencemag.org/breakthrough2017/finalists/

昨年同様、天文学と生命科学の分野からの選出が多く見られますが、それぞれの成果について簡単に紹介してみます。

昨年のBreakthrough of the Yearはこちら↓
http://meridia.tech/science-breakthrough-of-the-year-2016/

中性子星合体の重力波検出: 3674名による超大規模協同研究

Scienceの記事では、その年の最も革新的な研究成果とされた「Breakthrough of the Year」と、9つの「Runners-up」が紹介されています。2017年は「中性子星」の合体によって発生した重力波の検出が最大のブレイクスルーに選ばれました。

超新星などの巨大な恒星が寿命を迎えて爆発すると、ある質量(トルマン・オッペンハイマー・ヴォルコフ限界)以上の場合はブラックホールに、それ以下の場合には中性子星と呼ばれる天体に変化します。いずれの天体も巨大な質量と密度を持っており、互いが衝突することで重力波と呼ばれる時空のさざ波が発生します。

昨年には、米国のLIGOグループが地球からおよそ14億光年はなれた場所でブラックホール同士の衝突によって生まれた重力波の検出に成功。この成果は、2016年のBreakthrough or the Yearに選ばれました。

ブラックホールからの重力波を検出したおよそ半年後の2016年8月、LIGOの検出器が新たな重力波の兆候をとらえました。その直後、NASAのフェルミガンマ線宇宙望遠鏡が、同じ方角からやってきた持続時間が短いガンマ線バーストである「ショート・ガンマ線バースト」をとらえます。このタイプのガンマ線バーストは中性子星同士の衝突で発生することが理論的に予測されていたため、全世界の天文台に中性子星同士の衝突が発生した可能性があるという報告が送られました。

LIGOによる最初の検出から11時間後、複数の光学望遠鏡と赤外線望遠鏡による観測によって、地球から1億3000万光年はなれたNGC4993という銀河の端に、以前の観測では存在していなかった天体が生まれていることが確認されました。これを衝突の痕跡であると解釈した世界中の天文台の望遠鏡が一斉に観測を開始します。

その後数日にわたり、のべ953の研究機関と3674名の研究者という前代未聞の規模で構成された共同観測が行われました。「GW170817」と命名された重力波信号と、その発生源で観測される重金属由来のスペクトルを解析した結果は30報以上の論文にまとめられ、Physical Review Letter誌やScience誌などのトップジャーナルに掲載されています。

https://www.ligo.org/detections/GW170817.php

GW170817の観測で得られたデータの解析は現在も続けられており、これからも新たな知見が続々と報告されることでしょう。

【参考】
Colliding stars spark rush to solve cosmic mysteries(Nature)

クライオ電子顕微鏡: 生命を原子レベルで観察する

https://www.ucsf.edu/news/2017/10/408816/ucsfs-cryo-electron-microscopy-advancements-bring-atomic-level-life-clearer-view

生物の体には、組織や骨格、免疫系に至るまで、実に多くの種類のタンパク質が存在しています。そうしたタンパク質の構造を高精度に解析して詳細な姿を観察することは、様々な生命現象を解明していく上で非常に重要なことです。

タンパク質の構造解析にはX線結晶構造解析法(XRD)と核磁気共鳴法(NMR)という2つの手法に頼るところが大きかったのですが、近年になって利用が広がっているのが、2017年のノーベル化学賞の受賞したクライオ電子顕微鏡法です。

XRDとNMRは、それぞれサンプル作製と分解能の点で大きな課題があります。XRDは、測定対象となるタンパク質を結晶化させる必要があるため、測定対象がもし結晶化が難しいタンパク質であれば使うことができません。また、NMRは、直接構造を観察することができない上に分解能が高いとは言えず、扱えるサンプルの分子量にも制約があります。

一方で、クライオ電子顕微鏡法は「水に浸漬したタンパク質サンプルに液体エタンを流し込む」という比較的簡便なサンプル調製ですみ、分子量の制約なども無しに「ありのままのタンパク質」を、ほぼ原子レベルの分解能で観察することができます。

2017年は、アルツハイマー患者の脳内で蓄積すると考えられているアミロイドβ線維の観察やCRISPR法におけるターゲットDNAの振る舞いを解析した論文など、クライオ電子顕微鏡を使った革新的な成果が数多く発表された年でもありました。

新たなニュートリノ検出方法

宇宙の全ての物質を細かく分解していくと、やがて素粒子と呼ばれる極小の粒子に行きつきます。ニュートリノはそうした素粒子の一種で、宇宙の中で最も小さな物質の一つです。

このニュートリノ、あまりに小さく、あまりに軽いため、他の物質とはめったなことでは相互作用を起こしません。例えば、今この瞬間にも、太陽から飛来する無数のニュートリノが私たちの体を貫通し続けていますが、それによって細胞や内部のDNAに傷がついたりすることはありません。その特性から、何億光年も離れた星からほとんど減衰することなく地球にまで届くため、超新星爆発など宇宙で起こっている様々な現象を解明する上で重要な手がかりをもたらしてくれます。

そんな幽霊のような粒子であるニュートリノですが、ごくごく稀に物質の原子核と反応して陽子や中性子を生成します。ただ、”その瞬間” がいつ訪れるのか予測したり、ましてや制御したりすることはできないため、観測には非常に大掛かりな装置が必要です。1998年にニュートリノに質量があることを確定させた日本のスーパーカミオカンデでは、5万トンという膨大な量の超純水が入る巨大水槽を用意し、その中に沈めた1万個以上の光電子倍増管でニュートリノの検出を行いました。

そうした巨大な施設に代わり、軽量かつ超小型の検出システムが実現するのではないかと期待されているのが「ニュートリノ – 原子核コヒーレント弾性散乱(coherent elastic neutrino-nucleus scattering, CEνNS)」と呼ばれる現象を利用した測定手法です。これは、エネルギーが非常に低いニュートリノは粒子ではなく量子波として振る舞い、原子核と相互作用を起こす確率が飛躍的に高まるとした1974年の理論的予測に基づいたもので、これまでに様々な実証実験が行われてきました。

2017年、81名のメンバーから成るCOHERENTコラボレーションは、ナトリウム添加ヨウ化セシウムをターゲット物質にした重さ14.6kgほどの検出器にオークリッジ国立研究所の核破砕中性子源(Spallation Neutron Source)で生成した低エネルギーニュートリノを照射し、期待通りの反応が生じることを確認しました。

将来的には様々な原子とニュートリノの反応を比較することで、原子核構造を同定する新たな測定法などが生まれてくるかもしれません。一方、CEνNS反応の存在が実証されたことで、現在計画されているダークマターの観測実験において太陽から飛来するニュートリノが干渉源になることが考えられるなど、実験上の新たなリスクも判明しているとのことです。

【参考】
World’s smallest neutrino detector observes elusive interactions of particles (University of Chicago)
コヒーレントなニュートリノ-原子核衝突を初めて観測(Eulekalert)
Coherent neutrino scattering in dark matter detectors(Physical Review D)

免疫チェックポイント阻害剤が幅広いがんへ認可される

加齢やストレスなど、様々な要因によってDNAにダメージが蓄積すると、細胞が遺伝情報を正常に複製できなくなることがあります。人体には、そうしたDNAの傷を治す仕組み「ミスマッチ修復機構(Mismatch Repair, MMR)」が組み込まれており、通常はこのMMRが働くことでDNAに生じたエラーが訂正されて正常な状態に戻ります。しかし、DNAへのダメージ蓄積が修復スピードを超えてしまったり、何らかの原因で修復機能が低下したりすると、細胞が突然変異を起こしてがん細胞になります。

それでも、健康な人の体内には、発生したばかりの異常細胞やごく異物として排除するための仕組みが存在しています。その一つが、免疫細胞の一つであるT細胞です。

T細胞は、異物であるがん細胞の発生を感知すると攻撃を始めます。この時、がんの周辺にある正常な細胞を巻き込まないために、T細胞の表面には「PD-1」というアンテナが作られます。PD-1の役割は、正常な細胞と異物を区別し、必要に応じて攻撃のブレーキをかける仕組みで、これを「免疫チェックポイント」と呼びます。近年の研究により、がんがこの免疫チェックポイントの原理を悪用していることが分かってきました。

がん細胞は、T細胞の攻撃を受けると、防衛策としてPD-1への “おとり” となる「PD-L1」という物質を作り始めます。このPD-L1がPD-1とくっつくと、T細胞はがん細胞を異物として認識できなくなり、攻撃をやめてしまいます。攻撃がなくなったがん細胞は、そのまま増殖を続け、やがて巨大ながん組織へと成長していく、というわけです。

しかし、PD-1とPD-L1がくっつかないようにすれば、T細胞はがん細胞への攻撃を続けることができます。そこで、PD-1とPD-L1の間(免疫チェックポイント)に入り込んで結合を阻害するために開発されたのが「免疫チェックポイント阻害剤」です。免疫チェックポイント阻害剤の臨床試験結果はめざましいもので、2014年ごろから世界中でスピーディーな認可承認が進められてきました。

https://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/immunotherapy/immu02.html

2017年5月、メルク社の免疫チェックポイント阻害剤「ペムブロリズマブ(商品名: キィトゥルーダ)」を使った臨床試験の論文がScience誌に掲載され、大きな話題となりました。この研究では、認可対象外であった12種類のがんを患っている患者149名にキィトゥルーダを投与し、半数以上の患者で持続的な効果を確認したと報告しています。

さらに、キィトゥルーダの顕著な効果が見られたがんはDNAの修復機構が欠落している(deficiency Msmatch Repair, dMMR)ためにDNAの傷が大量に蓄積するタイプの固形がんであるということも新たに判明しました。FDAは、この論文をもって対象となる固形がんに対するキィトルーダの迅速承認を発表し、これにより免疫チェックポイント阻害剤の適用範囲が一気に拡大されることとなりました。

しかしながら、キィトゥルーダやオブジーボは1日あたりの薬価が約4万円と高額であることが大きな課題となっており、今後、代替薬の開発などにより薬価が引き下げられることが期待されています。

【参考】
Mismatch-repair deficiency predicts response of solid tumors to PD-1 blockade(Science)
FDA Clears First Cancer Drug Based on Genetics of Disease, Not Tumor Location
(Scientific American)
FDA approves first cancer treatment for any solid tumor with a specific genetic feature(FDA)
がんによってブレーキがかかった免疫の攻撃力を回復させる治療法(ONO ONCOLOGY)

10万年さかのぼったホモ・サピエンスの起源

https://www.college-de-france.fr/site/en-jean-jacques-hublin/Decouverte-des-plus-anciens-HOMO-SAPIENS-au-Maroc-par-une-equipe-internationale-que-dirige-le-Pr-Jean-Jacques-Hublin.htm

現代の人類が属するホモ・サピエンスの最も古い化石は、2003年にエチオピアのボウリ遺跡群(Bouri Formation)から見つかった「ホモ・サピエンス・イダルトゥ」で、年代測定によって16万年前のものとされていました。

しかし、2017年6月、さらに古い年代のホモ・サピエンスの化石が、従来では考えられなかった場所から出土したことで、人類は現在のタンザニアを中心とするアフリカ東部の一部地域で発生したという定説に大きな疑問を投げかけることになりました。

この発見のきっかけとなったのは、1961年にエチオピアのJebel Irhoudという場所で鉱夫によって発見された頭骨です。骨格的な特徴から、当初はネアンデルタール人のものと考えられていたこの化石ですが、顔面が前方に突き出していないなどの現代人と共通する特徴を備えていたことから、ドイツのマックス・プランク研究所のグループがこの頭骨が出土した場所と同じ年代の地層を調査し、歯や頭骨の一部を新たに発掘しました。

これらの化石を熱ルミネッセンスという手法で分析したところ、およそ28万年前から35万年前のものであることが判明。これにより人類発祥の時期がホモ・サピエンス・イダルトゥよりもさらに10万年さかのぼることになります。

さらに、スウェーデンのウプサラ大学のグループは、約2000年前のアフリカ南部の少年のDNAと現代アフリカ人のDNAを比較分析した結果として、この少年の祖先がおよそ26万年前に他の集団から分岐したとする研究結果を発表しており、Jebel Irhoudで出土した化石の年代と一致を見せています。

今後研究が進むことで、現代人のルーツに関する知見が大きく書き換えられることになるかもしれません。

【参考】
Oldest Homo sapiens fossil claim rewrites our species’ history (Nature)
World’s oldest Homo sapiens fossils found in Morocco (Science)
First big efforts to sequence ancient African DNA reveal how early humans swept across the continent (Science)

出版前の論文を公開する「プレプリント」の加速

一般的に、研究の結果として執筆された論文は、査読プロセスを経て科学雑誌に掲載されます。しかし、査読前の慣性原稿をウェブ上のサーバーにアップする「プレプリント」と呼ばれる研究成果の共有方法が近年広がりを見せています。

プレプリントの主な利点として、査読を待たずに「いち早く」「無料で」研究成果を世界に向けて発信できることがあります。アイデアの盗用や商業雑誌との間でのライセンス問題などといった潜在的なデメリットにも関わらず、物理学や数学、コンピューター科学などの分野では1990年代から「arXiv」を始めとするプレプリント・サーバーで論文を共有する活動が盛んに行われていました。

生命科学の分野でも2013年に「bioRxiv」が設立されましたが、一ヶ月あたりに投稿される論文は1,500本程度とPubMedに追加される10万本/月の論文数の1.5%程度に留まっており、論文の約70%がプレプリントで公開されている物理分野とは対照的です。Scienceの記事では、こうした低い普及率の原因として、生命分野の科学者の多くは査読の「お墨付き」を得ていない成果を公開することに抵抗を感じているとしています。

そうした状況の中で、2017年は生命分野におけるプレプリントの文化を前進させる幾つかの出来事がありました。

イギリス医学研究評議会(UK Medical Research Council)やウェルカム・トラスト、ハワード・ヒューズ医学研究所(Howard Hughes Medical Institute、HHMI)など、欧米の著名な組織のいくつかがプレプリント投稿に関するポリシーを発表したほか、生命科学分野のトップジャーナルを擁するCell Pressが、Cell Reports誌とStructure誌の2誌でbioRxivからの直接投稿の受け付けを開始。生命科学分野の著名雑誌であるelife誌も、プレプリントを奨励するリリースを発表しています

また、4月にはbioRxivがFacebook創業者Mark Zuckerbergの妻であるChan Zuckerbergが創設したCHAN ZUCKERBERG INITIATIVから資金提供を受けると発表しました。具体的な出資額は明らかにされていませんが、強力なサポーターを得たことには変わりないと言って良いでしょう。

bioRxiv以外にも、現状様々なサーバーに分散しているプレプリントを集約した中央レポジトリ「ASAPbio」を構築しようという動きも出てきており、生命科学分野におけるプレプリントを巡る動向は、今後ますます活発なってくるものと思われます。

【参考】
Are preprints the future of biology? A survival guide for scientists (Science)
Heavyweight funders back central site for life-sciences preprints (Nature)
生物科学分野のプレプリント・セントラルサービス”ASAPbio”(JST 科学技術情報プラットホーム)

90年ぶりの新たな類人猿「タパヌリ・オランウータン」

2017年11月、1928年にボノボが発見されてからおよそ90年ぶりに新種の類人猿として「タパヌリ・オランウータン(Pongo tapanuliensis)」を発見したとする論文がCurrent Biology誌に掲載されました。

オランウータンの仲間は、スマトラ島に生息しているスマトラ・オランウータン(Pongo abelii)とボルネオ島のボルネオ・オランウータン(Pongo pygmaeus)が固有種として分類されていますが、タパヌリ・オランウータンは遺伝的・生態的に両者とは明確に区別される種であることが確認されています。

3種のゲノム比較から、現在生息しているオランウータンは、数百万年前にマレーシアからインドネシアへと広がったとされています(当時は海面レベルが低く、歩いて渡ることも可能だった)。タパヌリ・オランウータンは、およそ340万年前にボルネオとスマトラ南部の種から分かれ、その後67万年前ほど前に現在のタパヌリ・オランウータンの直接の祖先へと分かれていったと報告されています。

既知の2種からタパヌリ種の分化が進んだ原因については解明されていませんが、およそ7万年前に起こったトバ山の破局噴火(トバ・カタストロフ)が地理的な断絶を引き起こし、固有種への種分化を加速させた可能性が考えられるとのこと。実際、現在のトバ湖がタパヌリ・オランウータンの生息分布境界になっており、同種は湖の南部でのみ見つかっています。

タパヌリ・オランウータンの生息数は800ほどと見られていますが、生息地周辺では森林伐採が加速度的に進んで今後ダムの建設も計画されていることから、迅速な保護対策が求められています。

270万年前の大気を分析

2017年8月、プリンストン大学などの研究グループが、南極アラン・ヒルズの地下200メートルから氷のサンプルを掘り出し、内部の気泡に含まれていたガスの分析から、270万年前の大気のCO2濃度が現在の400ppmよりも低い300ppmであることが判明したとする論文を発表しました。

この時期は第四期の氷河期が始まる少し前の年代にあたり、当時のCO2濃度の低下と地球規模での寒冷化とを関係づける重要なヒントとなる可能性があります。

研究グループは今後、アラン・ヒルズで再び掘削を行うことを検討しており、最大で500万年前の氷サンプルを採取することが可能だろうとしています。

【参考】
2.7-million-year-old ice opens window on past(Science)
2.7-million-year-old ice core pulled from Antarctica(Phys.org)

遺伝子治療の実用化に向けた大きな前進

Evelyn Villarrealが2014年に生まれた時、彼女は2年として生きることはできないと思われていました。事実、彼女と同じ先天性の疾患、I型脊髄性筋萎縮症(Spinal Muscular Atrophy Type 1, SMA1)にかかっていた姉のJosephineは生後15ヶ月でこの世を去っています。

しかし、Evelynは現在、自分の脚で立ち、(走ることはできないものの)早歩きやダンス、物を持ち運ぶことも可能な状態にまで回復しています。彼女に「人生」をもたらしたのは、最先端の遺伝子治療でした。

SMAは、腕や脚、内臓を囲む全身の筋肉組織が徐々に弱っていく難病です。脳や脊髄から出た「体をこう動かせ」という指令は、脊髄内の運動ニューロンという神経細胞を介して全身に伝えられます。この運動ニューロンを正常に保つためにはSMN1という遺伝子によってコードされるSMNタンパク質という物質が必要なのですが、SMAの患者ではSMN1上の変異によってSMNタンパク質が生産できなくなり、やがて運動ニューロンが死滅してしまいます。

運動ニューロンがなくなることで筋肉への命令が届かなくなると、使われなくなった筋肉細胞は徐々に減っていき、最終的には生命活動に必要な筋肉すら維持できなくなり、呼吸困難などによって死に至ります。

従来の投薬治療では根治が困難なSMAですが、米国のネイションワイド・チルドレンズ病院と遺伝子治療薬の開発を手がけるフランスのAvexis社によるアデノ随伴ウイルス(Adeno-Associated Virus, AAV)を利用した遺伝子治療技術の臨床試験の結果が2017年11月に発表され、Evelynを含む12名の被験者のうち11名で顕著な治療効果が得られたとのことです。

アデノ随伴ウイルスは、感染しても病気や疾患などを引き起こさない非病原性ウイルスで、安全かつ効果的に細胞内へ遺伝子を導入することができることから遺伝子治療の研究で広く使われています。Avexis社の臨床試験は、アデノ随伴ウイルス9型(AAV9)というタイプに目的遺伝子を組み込んだものを静脈注射によって投与しています。

Avexis社は現在、SMA1を対象とした2回目のフェーズ3臨床試験への参加を募集しており、効果が十分に見込めるという事になれば認可に向けて大きく前進することになります。

また、12月には米Spark Therapeutics社が開発した視力障害の治療薬Luxturnaが、患者に直接投与する薬としては初めてFDAの認可を受けるなど、2017年は遺伝子治療の実用化に向けて大きな動きが見られた一年でした。

一方で、遺伝子治療には、治療費が非常に高額になるという大きな課題が残っています。2012年にヨーロッパで認可されたuniQure社のAAV治療薬Glyberraは、日本円にして1億円という価格のため全く普及しないまま、2017年に、全世界でたった1人への投与をもって販売終了を迎えてしまいました。

Avexis社は具体的な治療費について言及していませんが、相場的には数千万円はくだらないと見られます。いくら効果的な薬や治療法でも、大富豪のみが享受できるような価格では、現実的に利用可能であるとは言えません。今後、基盤技術の開発と並行して、コストダウンが進むことが望まれます。

【参考】
Gene therapy’s new hope: A neuron-targeting virus is saving infant lives(Science)
脊髄性筋萎縮症とは?(TOGETHER IN SMA)

改良CRISPR法による一塩基編集

https://www.flickr.com/photos/shaury/2653007441/

遺伝子編集技術「CRISPR」は日本国内でも盛んに取り上げられ、かなり認知度を得た名称かと思いますが、今年、この技術を改良することで、DNAを切断することなく、内部の塩基を入れ替えることに成功したとする論文がハーバード大学David Liu氏らのグループによって報告されました。

DNAに起こる変異のうち、ATCGの塩基の中の特定の文字だけが他の文字に置き換わってしまう状態を点変異と呼びます。遺伝子の変異が関係する疾患およそ6万件のうち、実に3万5000件はそうした点変異が原因とされており、その半数以上はG-C塩基対がA-T塩基対へと置き換わる変異が原因になっていると考えられています。もし、そうした局所的に変異したA-T塩基対をG-C塩基対に「巻き戻す」ことが出来るようになれば、多くの遺伝性疾患の治療研究に役立つことが期待されます。

しかし、代表的な遺伝子編集技術である(従来の)CRISPR法では、DNAの一部を二重らせんのまま切り取って丸ごと入れ替える手法のため、DNA分子の一方の鎖の特定の文字に起こる局所的な変異に対応するには効率的な手法であるとは言えません。加えて、想定していない場所以外でも変異が発生する「オフターゲット」の問題が解決されておらず、一文字だけ修正するつもりで遺伝子を編集したら問題のなかった所で新しく変異が起きていた、という状況も起こり得ます。

Liu氏らは、2016年にCRISPRを改良した技術でDNAを切断せずにG-C塩基対をA-T塩基対に置き換える技術を開発。その後も研究を重ねた結果、A-T塩基対をG-C塩基対に置換することに成功したとする論文を2017年にNature誌に発表しました。

また、Liu氏らとは別に、ブロード研究所のFeng Zhang氏らの研究グループは、CRISPR法で広く使われているCas9というヌクレアーゼをCas13という物質に変えることで、RNA上でG塩基をA塩基へと選択的に入れ替えることに成功しています。

DNAが設計図のマスターとするならRNAは設計図のコピー図面に相当し、細胞はこのコピー図面を基にタンパク質を合成していきます。大元の設計図(DNA)を修正するのではなく、コピーされた図面(RNA)でエラーを修正するこの手法は、CRISPRの抱えるDNAオフターゲットの問題を吸収することができる可能性があります。

CRISPR技術の登場以来、遺伝子編集技術は凄まじいスピードで改良と進化を続けており、2018年以降も革新的な研究成果が引き続き登場してくるものと予想できます。

【参考】
Novel CRISPR-derived ‘base editors’ surgically alter DNA or RNA, offering new ways to fix mutations(Science)

終わりに

いかがでしたでしょうか。個人的には3月のNatureに掲載された肺に造血能力があることを示した研究が入ってくるかと思っていたのですが、傑出した研究成果ばかりの中では残念ながらエントリーを逃したようです。

2017年は、日本の科学技術の衰退を危ぶむ声が広く聞こえるようになったり、欧米ではトランプ大統領の反科学的な言動や行動・政策に対して「MARCH FOR SCIENCE」のムーブメントが巻き起こるなど、科学と社会の関わり方に改めて考えさせられる一年でもありました。

引き続きサイトも細々とですが更新を続けていきますので、3ヶ月に一度くらいのペースでご覧頂けると良いかもしれません。何卒よろしくお願いいたします。あとちょっとだけ宣伝させていただくと、こちらのサイトでもライターを始めたので、興味がありましたらご覧頂けると幸いでございます。

2018年が、科学と、読者の皆様にとって良き一年になりますよう心から祈っております。

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