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幹細胞を使った眼病治験の明暗2報、NEJM誌に掲載

臨床医学誌The New England Journal of Medicineの最新号に、幹細胞を使った加齢黄斑変性の治験に関する論文が2報掲載されています。

Autologous Induced Stem-Cell–Derived Retinal Cells for Macular Degeneration (NEJM)

Vision Loss after Intravitreal Injection of Autologous “Stem Cells” for AMD (NEJM)

一方は理化学研究所による治験の経過が良好であるという報告、もう一方は米国のクリニックによって行われた根拠のない細胞注入術で患者が失明したという報告で、対照的な内容となっています。

加齢黄斑変性とは

眼の奥には、厚さ0.1〜0.3mmの「網膜」と呼ばれる薄い膜状の組織が有り、この部分が光を感知して電気信号に変換、視覚情報を脳に伝達します。

網膜には色や対象の輪郭を認識する「錯体細胞」と、暗い場所で光の変化を感知する「桿体(かんたい)細胞」という2種類の視細胞が存在していますが、このうち、明るい場所で物を見る上で重要となる錯体細胞は眼球奥の「黄斑」と呼ばれる直径2mmほどの狭い箇所に高密度に存在しており、年齢を重ねることでこの部分に障害が生じることがあります。これが加齢黄斑変性です。

(画像は日本眼科学会より引用)

加齢黄斑変性には、細胞の老化などによって組織が縮小する「萎縮型」と、蓄積した老廃物を除去しようと黄斑下の網膜組織から生じた破れやすい血管(新生血管)によって障害を生じる「滲出型」の2種類があります。萎縮型は欧米で多く見られ、日本を含むアジア圏では滲出型が多く見られます。

滲出型は急速に症状が進むため、レーザー照射や眼球内部への薬剤注入 (硝子体注射) によって新生血管の成長を抑える治療が行われていますが、効果期間が短いことや合併症のリスクなどから、より効率的かつ効果的な治療法が求められています。

①細胞シート移植による視力回復

理化学研究所の高橋政代博士らのグループは、既存の治療によって効果を得られていない滲出型加齢黄斑変性の患者1名を対象として、患者自身の皮膚細胞から作製したiPS細胞由来の網膜細胞シートを移植する手術を2014年9月に実施し、経過観察を行なってきました。

画像は理化学研究所のプレスリリースより

手術から1年後の2015年10月には、移植した細胞が正常に定着していることが報告されており、さらに1年半に渡る観察を経て今回NEJM誌に掲載された論文でも、腫瘍化や新生血管の再発生などが起こっておらず経過は良好であるとしています。

加齢黄斑変性に対する自己iPS細胞由来網膜色素上皮シート移植 -安全性検証のための臨床研究結果を論文発表- (理化学研究所)

海外では、既にES細胞を使用した黄斑変性の治療実績が複数報告されており、2014年にはES細胞由来の網膜細胞移植術後に2年間にわたって経過を追跡した論文がLancet誌に掲載されています。今回の理研の成果により、iPS細胞でも同様の治療法が使える可能性が示されたことになりますが、現在では1例のみの治療実績であるため、今後治験が拡大していくことに期待したいところです。

黄斑変性におけるES細胞移植、長期の有効性と安全性を示唆-ランセット誌 (QLifePro)

②幹細胞の注入による失明

一方、米マイアミ大学のThomas Albini氏らの論文では、脂肪細胞由来の幹細胞を硝子体内注射したことによって3名の被験者が失明した事例が報告されています。

硝子体内注射というのは、眼球に注射針を挿入して薬剤などを投与する治療法ですが、この治験では患者の腹部から採取した脂肪細胞を元に作製した幹細胞を薬剤代わりに投与したというわけです。

Ars technicaなどによると、この治験はフロリダのUS Stem cell社 (旧Bioheart, Inc.)が運営するクリニックにより実施されたもので、米国国立衛生研究所 (NIH)が運営する治験募集サイト「ClinicalTrials.gov」で募集が行われていたことから、被験者は正規の認可に基づいた治験だと考えていたそうです。しかしNIHがAP通信に伝えたところでは、サイトの記載はあくまで研究者や治験の実施者によるもので、NIHのチェックや認可を受けたものではなく、科学的な有効性を担保するものではないとしています。

注射を受けた被験者は、直後から高眼圧症や出血性網膜症、網膜剥離などの症状を訴えており、72歳の女性は治療前に0.6と0.3あった両目の視力が完全に喪失。78歳と88歳の被験者2名もほぼ完全に光を認識できなくなっていると報告されています。なお、FDAの認可を受けた正規の治験では、通常、被験者に治療費の請求は発生しませんが、被験者はいずれもクリニックに5000ドルを支払っていました。

▼当該治験の募集ページ

医学的・科学的根拠の情報掲載を確認

近年、幹細胞技術を使った次世代治療の基礎研究は世界中で盛んに行われていますが、一方でそれらの研究成果の度を超えた拡大解釈によって、科学的根拠に乏しい治療を提供するクリニックも増えてきています。

今回、問題を起こしたUS Stem Cell社のウェブサイトを見てみると、特許を何件持っている・有名企業に勤務していたなどのキャッチーな経営陣プロフィールのほか、専門用語に関する解説なども若干ながら掲載されており、ひと目で怪しさを感じることは難しいことがわかります。

しかし、治療法の根拠となる論文やレポートなどの客観的情報に関する記載は全く無く、許認可の詳細に関しても触れられていません。治験実績を列挙しているページもありますが、Clinical.govのような事実上野放し状態の治験募集サイトが存在していることを考えれば、公的情報へのリンクが無い以上、信用可能な記載とは言いにくいでしょう。

国内トップの研究機関である理化学研究所の最大規模のプロジェクトで、手術から2年半を経てなお経過報告の論文が世界トップの医学誌に掲載されていることを考えれば、街中の小さなクリニックで即効性のある魔法のような幹細胞治療が提供できる訳がないという事は明らかなのですが、医療に従事していない一般の人では、適正な情報に基づいた判断がなかなか難しいというのも現実です。

少しでも怪しいと感じたらセカンドオピニオンやサードオピニオンを確認するといったことで多少なりの対策は可能ですが、今後ますます高齢化が進んでいくことを考えると、信頼可能かつ客観的な医療情報を提供するサービスやインフラの普及が急務となっています。

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