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Breakthrough of the Year: Science誌が選ぶ2018年の革新的研究と9つの重要成果

Science誌が毎年12月に発表している “Breakthrough of the Year” が今年も発表された。1年間を通じて、科学界で最もインパクトを与えた研究内容1つと、9つの重要成果をまとめたものだ。

2018 Breakthrough of the Year
https://vis.sciencemag.org/breakthrough2018/

例年通りさまざまな分野から選出されているが、今年はアカデミアにおけるハラスメント問題が取り上げられているのが印象的だった。社会問題が取り上げられるのは、記憶にある限りでは初めてだ。

本記事では、計10個のテーマについて簡単な解説をしていこう。

▼昨年の記事はこちら

Breakthrough of the Year: Science誌が選ぶ2017年の革新的研究と9つの重要成果

 

細胞の全容をトラッキングするシングルセルRNA-seq解析

Science誌が2018年最大のブレークスルーに選出したのが「シングルセルRNA-seq解析の発展」だ。元記事では “Development cell by cell(細胞ごとの発生)” という見出しがつけられている。

シングルセルRNA-seqという単語は、生命科学を先行している人でなければ耳馴染みのない単語かもしれないが、本章では簡単にその概要を説明する。

qimono / Pixabay

生物は、たった一つの受精卵が細胞分裂を繰り返してさまざまな組織に分化、成長していく。一つ細胞から臓器や骨、血液、筋肉が自動的に作られていくさまは、まさに生命の神秘だ。

生物の全ての細胞は同じDNAを持っているが、分化の過程で多岐にわたった遺伝子発現が起こる。神経細胞に分化する細胞では神経に必要な遺伝子のみが、筋肉細胞に分化する細胞では筋肉に必要な遺伝子のみが発現する。備えられているスイッチは全て同じだが、成長先によって押されるスイッチが異なる、といえばわかりやすいだろうか。

さらに、遺伝子発現は同じ組織の中でも微妙に異なっている。例えば肝臓の組織を取り出し、そこに含まれる細胞が全て同じスイッチが押された状態になっているかというと、そうではない。個々の細胞ごとに、微妙にスイッチの状態は異なっている。

この細胞ごとに異なるスイッチの状態を解析しようというのが「シングルセル解析」だ。反対に、同じ組織の細胞集団をひとまとめにして平均的に解析する手法は「バルク細胞解析」などと呼ばれる。かつては一細胞単位で遺伝子発現をモニタリングすることは技術面で難しかったが、近年ではソフトウェア技術や細胞コントロール技術の進化によってそれが可能になっている。

シングルセル解析のメリットとして、例えば、同じ組織の細胞の中でもガン化する細胞で特異的に起こっている遺伝子発現を明らかにできるということがある。一細胞レベルでガンの発症メカニズムが解明できれば、新たな治療法の開発に繋がる可能性も生まれてくる。

シングルセルRNA-seq解析は、細胞一つ一つの状態解析に用いられる手法の一つ。RNA(具体的にはmRNA)は、DNAに書き込まれている遺伝情報を写しとって細胞核の外に運び出す役割を果たしている。つまり、細胞の中に含まれているRNA分子の種類と量がわかれば、その細胞でDNAのどこの領域がどれくらいの頻度で読み取られているかが判明するという仕組みだ。

これまでシングルセルRNA-seq解析は、成長途中のある時点の細胞、もしくは成長が完了した細胞の解析では威力を発揮していたものの、時間とともに形態や遺伝子発現が変化する生物の発生過程を追跡するには不向きであると考えられていた。

しかし、2017年に数千〜数万個単位の細胞のシングルセルRNA-seqに成功したとする研究結果が発表され、今年にはゼブラフィッシュの受精卵が25の異なる細胞に分化する過程を一細胞単位で追跡することに成功したとする論文や、カエルの発生初期の段階をトラッキングした論文も発表された。

シングルセルRNA-seqを用いたヒト胎児の一細胞解析はまだ実現していないが、ここ数年の目覚ましい技術革新を見ていると、それも遠い未来ではないように思える。

References

A new view of embryo development and regeneration
http://science.sciencemag.org/content/360/6392/967.summary

Introduction to single-cell RNA-seq
https://hemberg-lab.github.io/scRNA.seq.course/introduction-to-single-cell-rna-seq.html

細胞状態ゆらぎを全遺伝子レベルで捉える 1細胞遺伝子発現解析法
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/56/6/56_330/_pdf

 

南極の氷の中で捉えられたブラックホール

ニュートリノは原子や分子よりも遥かに小さい、宇宙を構成している基本的な物質「素粒子」の一つだ。プラスやマイナスの電荷を持たず、物質を幽霊のように透過する。

このニュートリノ、あまりに小さいため、1956年に原子炉実験で初めて検出されてから約半世紀にわたって質量を持たない粒子と考えられていた。2015年にノーベル物理学賞を受賞した東京大学の梶田教授らによってニュートリノ振動という現象が発見され、ニュートリノに質量があることが確定したのは2000年代に入ってからだ。

ニュートリノは天文学の分野で重要な観測対象になっている。超新星の爆発によって生じたニュートリノのエネルギーを調べることで、太陽系が形成されるよりも遥か以前から存在していた巨大天体の発生から消滅までの歴史を辿るための重要な手がかりが得られ、ひいては宇宙の歴史を紐解く上で重要なヒントを得ることができる。

質量を持たないとさえ考えられていたニュートリノはあらゆる物質を透過してしまうが、極めて稀に物質の原子核とぶつかってチェレンコフ光という光を発生する。ニュートリノ観測ではこの現象を利用しており、例えば日本のスーパーカミオカンデでは、非常に巨大な水槽に貯めた水と宇宙から飛んできたニュートリノが反応して発生するチェレンコフ光を捉えている。

スーパーカミオカンデの他に、稼働中のニュートリノ観測所がもう一つある。南極に建設された「アイスキューブ」だ。

https://masterclass.icecube.wisc.edu/en/learn/learn-about-neutrinos

ニュートリノ観測には、いくつか制約条件がある。十分な装置体積を確保できること、光が直進するために必要な透明物質(例えば純水や透明度の高い氷)が大量に使用できること、発生したチェレンコフ光が他の光に混じらないよう周囲が真っ暗であること、宇宙線のノイズがなるべく入り込まない場所であることなど。南極の氷床下はそうした条件をクリアーした、まさに理想的な環境だった。

2017年9月にアイスキューブの検出器が宇宙からやってきたニュートリノを検出、飛来してきた方角がいち早く世界中の天文台に送られ、ニュートリノ発生源の探索が始まった。数日後、NASAのフェルミ宇宙望遠鏡が飛来方向に「ブレーザー(銀河中心の巨大ブラックホールに物質が流れ込み明るく輝いている天体)」を発見した。

その後1年間をかけて解析が行われ、2018年6月のScience誌にこのブレーザーがアイスキューブで捉えられたニュートリノの発生源であるとした論文が発表された。これまでニュートリノを放出している天体(ニュートリノ天体)は3つしか見つかっていない。太陽と、スーパーカミオカンデが見つけた「SN 1987A」という超新星、そして今回「TXS 0506+056」と名付けられたブレーザーだ。

1987年のカミオカンデでのSN 1987A発見以来、実に30年ぶりとなったニュートリノ天体の発見。今後TXS 0506+056に関する研究が進むことで、これまで知られていなかった宇宙の姿が明らかになることだろう。

References

Multimessenger observations of a flaring blazar coincident with high-energy neutrino IceCube-170922A
http://science.sciencemag.org/content/361/6398/eaat1378

IceCube and Neutrinos
https://masterclass.icecube.wisc.edu/en/learn/learn-about-neutrinos

 

分子のCTスキャン: 電子線回折における革新

12019 / Pixabay

生物の体には、実に多くのタンパク質が含まれている。血液に含まれるヘモグロビンやリンパ球、皮膚を作るコラーゲン、髪の毛の主成分であるケラチンもタンパク質だ。生命現象を理解することはタンパク質を理解すること、とさえ言って良いかもしれない。

タンパク質の機能や役割を理解する上で欠かせないのが、分子構造の解析だ。分子構造がわかれば、そのタンパク質の物性について多くのことがわかる。特に医学や薬学の分野では、新薬開発や発病メカニズムの解明のためにタンパク質の構造決定は欠かせない研究ツールとなっている。

タンパク質の構造解析には、長年にわたってX線回折(XRD)という手法が使用されてきた。構造を解明したいタンパク質を結晶化させ、そこにX線をあてると回折という現象が起こる。回折では結晶内の原子配列を強く反映したパターンが得られるため、実験結果から逆算していくとタンパク質の分子構造が判明する。

しかし、XRDは一定以上の大きさのタンパク質結晶でしか使えないという欠点がある。タンパク質の種類によってはXRDに必要なサイズの結晶を作製するまで数週間から数ヶ月必要なものもあり、そもそも結晶化が困難なケースも珍しくない。

そこで開発されたのが電子線回折法(ED)だ。EDでは、薄いシート状の微小なタンパク質結晶があれば分子構造の解析ができる。XRDで求められるよりも遥かに少量の結晶で済むのだ。EDの登場によって、XRDでは解析が難しかった多くのタンパク質の構造解明が進んだ。

だが、EDにも課題がある。EDの実験用にシート状のタンパク質結晶を作製していると、しばしばシートが積み重なった立体構造になってしまうことがある。そうなってしまうとEDには使えないうえに、XRDにまわすには結晶のサイズが小さすぎる。この課題を解決する手法が、米国の研究グループと、ドイツ・スイスの共同研究グループからそれぞれ発表された。

従来のEDでは、電子線を一方向から照射していたが、新しく開発された手法では回転するステージにのせたサンプルに様々な方向から電子線をあて、角度によって回折パターンがどのように変化するかを分析して立体構造を解明する。これは、角度を変えて体の断層写真を撮影するCTスキャンに似た仕組みとなっており、研究成果を紹介する記事の中には “Molecular CT scan(分子のCTスキャン)”という表現を用いているものもある。

この新手法のために必要な結晶サイズはXRDの数十億分の一とされており、まさしく分子構造解析に世界に革命をもたらした成果であると言える。

References

Rapid Structure Determination of Microcrystalline Molecular Compounds Using Electron Diffraction
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/anie.201811318

‘A new day for chemistry’: Molecular CT scan could dramatically speed drug discovery
https://www.sciencemag.org/news/2018/10/new-day-chemistry-molecular-ct-scan-could-dramatically-speed-drug-discovery

Molecular CT scan could speed drug discovery
http://science.sciencemag.org/content/362/6413/389.summary

 

グリーンランドの氷河の下から巨大クレーターを発見

地球の歴史の中で、現代に最も近い氷期(最終氷期、俗にいう氷河期)はおよそ11万年前に始まり、1万2千年前に終わった。その最終氷期の終わりごろ、温暖化に向かっていた地球の気候が、再び急激に冷え込んだ「ヤンガードリアス」という時期がある。

ヤンガードリアス期の影響は北米/南米大陸とヨーロッパにおいて特に顕著で、最終氷期を生き延びたマンモスやマストドンなどの大型動物もこの時期に絶滅。温暖化に向かっていた気候が急に冷え込んだ原因は明らかになっていないものの、小規模の天体が衝突した際に大量の粉塵が大気中に巻き上げられたためとする説がある。

▼ヤンガードリアス期の影響を強く受けたエリア

http://www.news.ucsb.edu/2014/014368/nanodiamonds-are-forever

2018年11月、グリーンランドのハイアワサ氷河の下から直径31kmの巨大なクレーターを発見したとする論文がScience Advances誌に掲載された。この論文では、NASAがレーダーやレーザーを使って観測した極地の地形データを分析したところ、厚さ1000mの氷河の下にクレーター地形が見つかったと報告している。

このクレーターは約1万3000年前の天体衝突によって形成されたと分析されており、時代と場所に限れば、ヤンガードリアス期との関係を考えたくなる。しかし、今回の報告は分厚い氷河の上から観測した結果であるため、より直接的な証拠を得るには、掘削調査などを行う必要があるだろう。

References

A large impact crater beneath Hiawatha Glacier in northwest Greenland
http://advances.sciencemag.org/content/4/11/eaar8173

Last Gracial Period
https://en.wikipedia.org/wiki/Last_Glacial_Period

 

科学界における #Metoo

surdumihail / Pixabay

2018年はアカデミアにおけるハラスメント問題が大きく取り上げられた1年だった。Twitter上では “#acadeMeToo” というハッシュタグとともに大学や研究機関におけるハラスメントの告発が相次いだ。

6月には全米科学アカデミー、全米技術アカデミー、全米医学アカデミーが、それぞれの分野における女性に対するセクハラの実態を調査したレポートを発表。このレポートでは、女性研究者や女性スタッフの50%、女学生の20%から50%がセクハラを経験していると報告している。

10月には米国国立科学財団 (National Science Foundation, NSF) が新たなセクシュアル・ハラスメント対策案を発効。NSFから研究助成を受けている研究機関は、あらゆるハラスメントに関する調査結果をNSFに報告する義務があるとしている。

さらにScience誌を発行している米国科学振興協会 (American Association for the Advancement of Science, AAAS) も新たなハラスメント対策を発表、ハラスメントなどの倫理違反を犯したと判断された研究者から協会フェローの資格を剥奪すると発表した。

 

謎の人類「デニソワ人」とネアンデルタール人の最初の子どもを発見

https://www.eva.mpg.de/press/news/2018-08-22-10795-ancient-encounters.html

2008年、ロシア・アルタイル山脈の洞窟でホモ・サピエンス、ネアンデルタール人に次ぐ「第三の人類」が発見された。洞窟の名前をとってデニソワ人と名付けられたこの人種について、現在までに判明していることは非常に少ない。

マックス・プランク進化人類学研究所のグループが2012年にこの洞窟で発見された骨を分析したところ、10歳前後の少女の小指の骨であること、さらにこの少女がデニソワ人とネアンデルタール人のハーフであることが明らかになった。この成果をまとめた論文が、今年8月のNature誌に発表されている。

ミトコンドリアDNAの解析結果から、発見された少女は父親にネアンデルタール人、母親にデニソワ人を持つ第1世代の子どもであることが判明した。これは非常に驚くべきことで、何万年も前に、異なる人類の間でもうけられた最初の子どもが見つかったということだ。デニソワ人に関する知見がまだ非常に少ないことを考えれば、天文学的な確率と言えるだろう。

デニソワ人がネアンデルタール人と同時期に生きていた可能性は以前の研究でも示唆されていたが、遺伝的に両者の特徴を備えた人類の発見はこれが初のケースとなる。”Denisovan 11″ という識別名がつけられたこの少女のDNAは、その後の研究でクロアチアで発見されたネアンデルタール人のDNAとも近しいことが明らかになった。このことからNatureの論文では、そのネアンデルタール人のグループが西ヨーロッパとシベリアの間を行ったり来たりして生活していた可能性が考えられると述べている。

今回のデニソワ人とネアンデルタール人との交雑と同様、現生人類(ホモ・サピエンス)とネアンデルタール人の交雑が広範囲で起こっていたことを示す研究結果が近年相次いで発表されている。今後、デニソワ人に関する調査が進むことで、現在定説とされている人類進化の歴史が大きく覆る可能性も有り得る。

References

The genome of the offspring of a Neanderthal mother and a Denisovan father
https://www.eva.mpg.de/documents/Nature/Slon_The-genome_Nature_2018_2634311.pdf

Meet Denisova 11: First Known Hybrid Hominin
https://www.smithsonianmag.com/smart-news/meet-denisova-11-first-known-interspecies-hominin-180970114/

Modern human genomes reveal our inner Neanderthal
https://www.nature.com/news/modern-human-genomes-reveal-our-inner-neanderthal-1.14615

 

家系図サービスを使った殺人捜査

2018年4月、一人の元警察官が逮捕された。1970年代から1980年代にかけて、カリフォルニア州内で少なくとも13人を殺害したGolden State Killerこと、ジョゼフ・ジェームス・ディアンジェロだ。

この事件の捜査では、新たなタイプのDNA捜査が導入された。これまでのDNA捜査では、現場に残された犯人のDNAと容疑者のDNAとを照合することで本人の特定を行っていたが、容疑者の目星さえついていない段階では、この手法をあまり役に立たない。ノーヒントの状態から怪しい人物を絞り込んでいくことには向いていないのだ。

一方、ディアンジェロの捜査では、遺伝子情報から捜査範囲を絞るアプローチがとられた。そこで利用されたのが、GEDMatchという民間のオンラインサービスだ。

GEDMatchは、個人のDNAデータを登録すると共通の祖先を持つ人や近縁者を見つけてくれる家系図データベースで、全米に約130万人の登録ユーザーを擁している。もし登録ユーザーの中に犯人の親戚がいれば、その家系をたどることで容疑者を特定することができるというわけだ。

事件当時、現場に残されていたDNAデータをGEDMatchにアップロードしたところ、犯人の「みいとこ(third cousins)」にあたる人物がヒット。そこから、犯行当時の推定年齢や犯行場所などの周辺情報と突き合わせることで、ディアンジェロの特定に至った。

この捜査は、犯罪捜査の新しい可能性を切り開いたケースになったが、同時に科学界を巻き込んだ議論に発展した。23andMeのような遺伝子解析サービスを提供している民間企業に個人のDNA情報を開示させるためには、通常、裁判所の令状が必要になる。一方、今回の捜査で使われたGEDMatchは誰でもデータをアップロードできるオープンプラットフォームであるため、そのような手続きはとられない。

犯罪捜査のためとはいえ、ユーザーの事前承諾や司法の許可もなく、究極の個人情報であるDNAデータにアクセスすることは倫理的に許容されるのか。現在、GEDMatchの登録者数は米国に住んでいる成人のおよそ0.5%にのぼり、ヨーロッパにルーツを持つ米国人の6割はみいとこ(8親等)以内の親戚がGEDMatchのユーザーである計算になるとのこと。

今後、ユーザー数の拡大とともに個人特定の精度は高まっていくと思われるが、捜査技術の進化とともにプライバシー保護に関する議論も活発になりそうだ。

References

We will find you: DNA search used to nab Golden State Killer can home in on about 60% of white Americans
https://www.sciencemag.org/news/2018/10/we-will-find-you-dna-search-used-nab-golden-state-killer-can-home-about-60-white

連続殺人犯逮捕へと導いたDNA分析サイトは、ユーザープライバシーに関する懸念を再燃させる
https://jp.techcrunch.com/2018/04/30/2018-04-27-golden-state-killer-gedmatch/

 

FDAがsiRNA薬を初認可

例えば、特定の遺伝子がとある難病の原因になっていることがわかったとしよう。その遺伝子の働きを抑えれば発病が防げる可能性がある場合、どのような手段が考えられるだろうか。

一つは、ゲノム編集技術で遺伝子を物理的に排除する手法だ。しかし、ゲノム編集には技術的に煩雑な操作が必要であり、専門的な機材がなければ実施できない。加えて、ターゲットの遺伝子が発病以外の別の重要な生命現象に関わっている可能性も考えられる。そうした万が一のリスクを排除できない状態で遺伝子の機能を丸ごと消し去る手法は、特に人間の治療に応用することは極めて難しい。実際問題、2018年の時点で人間に対するゲノム編集はほぼ全ての国で禁止されている。

ではどうするか?そこで登場するのがRNAi(またはRNA干渉)という手法だ。

細胞の内部では、DNAの遺伝情報をコピーしたRNA分子をリボソームが翻訳することでタンパク質を合成している。RNAiは、細胞外からsiRNAという短いRNA分子を人為的に加えることで、DNAの情報をコピーしたRNA分子を切断し、タンパク質の合成を阻害する。この手法であれば、遺伝子配列はそのままに発現のみを抑制できる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/RNAi

2018年8月、RNAiの原理を応用したAlnylam社の”Onpattro” という薬が米国食品医薬品局 (Food and Drug Administration, FDA)によって認可された。Onpattroは家族性アミロイドポリニューロパチーという難病の治療薬で、前述したsiRNAを細胞に導入することで特定遺伝子の発現を抑制する。siRNA導入の原理を用いた薬(siRNA薬)に対するFDAの認可は、Onpattroが初めて。

siRNA薬に対してFDAの認可が下りたことで、今後同様の作用機序を持つ薬への承認が加速するかもしれない。しかし、siRNA薬には、意図しない発現抑制を防ぐためにターゲットポイントへ適切に薬剤を輸送するデリバリー技術の面で課題が残っている。Onpattroに関しては、年間45万ドルという法外な薬価についても改善の必要があるだろう。

References

Gene-silencing technology gets first drug approval after 20-year wait
https://www.nature.com/articles/d41586-018-05867-7

FDA approves first-of-its kind targeted RNA-based therapy to treat a rare disease
https://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements/ucm616518.htm

Alnylam Announces First-Ever FDA Approval of an RNAi Therapeutic, ONPATTRO™ (patisiran) for the Treatment of the Polyneuropathy of Hereditary Transthyretin-Mediated Amyloidosis in Adults
http://investors.alnylam.com/news-releases/news-release-details/alnylam-announces-first-ever-fda-approval-rnai-therapeutic

 

5億年前の化石から生体分子の抽出に成功

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%8B%E3%82%A2

地球上の生物は、約5億3000万年前に起こったカンブリア大爆発を境に一気に多様化・大型化が進んだ。それよりも少し前、約5億7000万年前にエディアカラ紀と呼ばれる時期があり、この時代に生きていた生物をエディアカラ生物群と呼ぶ。

エディアカラ紀は、単細胞生物が登場した原生代と、様々な動植物が現れた古世代との合間の時期にあたる。この時代の化石には、動物なのか植物なのか区別のつかないものが多く、長年にわたって議論が続けられてきた。カンブリア紀に動植物が一気に多様化する直前の時代とだけあって、エディアカラ生物群の生態解明は生物進化の歴史を紐解く上で非常に重要な課題なのだ。

今年、オーストラリア国立大学の研究グループが、エディアカラ生物群に属する “Dickinsonia(ディッキンソニア)” という生物の化石から、コレステロール様の脂質分子を抽出することに成功した。これは、Dickinsoniaが最初期の動物であることを示すものだ。

ディッキンソニアは現在までに発見されているエディアカラ生物群の中でも最大の生物だが、その生物学的な分類を決定づける証拠はこれまで得られていなかった。今後研究が進むことで、謎に満ちたエディアカラン生物群の一端が解明されるかもしれない。

References

Ancient steroids establish the Ediacaran fossil Dickinsonia as one of the earliest animals
http://science.sciencemag.org/content/361/6408/1246

細胞の中の「液滴」による支配

瓶に入ったドレッシングを激しく振ると油が小さなつぶ(液滴)に分かるが、時間が経つとつぶ同士が自然にくっついて大きな液滴になっていく。このように、異なる物質が均一に混じり合っていた状態から不均一な状態に移行する過程を「相分離(phase separation)」もしくは「相転移(phase transition)」と呼ぶ(※)

生物の細胞でも、ドレッシングのようにタンパク質分子の相分離が起こっており、生命活動に重要な影響を与えていることが近年の研究によって明らかになってきている。

細胞は、DNA情報をコピーしたRNAをリボソームが読み込んでタンパク質を生産する活動を絶え間なく行っている。そのため、細胞内部にはアミノ酸やタンパク質など非常に多くの種類の分子が混在している。そのような混沌とした環境において、必要なタイミングに必要な場所へ必要なタンパク質分子を集めるために、細胞はドレッシングと同じメカニズムを活用しているようだ。

2018年にScience誌に発表された論文では、DNAからRNAへ遺伝情報が転写される、生命活動の第一歩とも言えるプロセスにもタンパク質の相分離が深く関わっていることが明らかになった。ただ、そのような相分離が起こる原理について詳しいことはわかっておらず、続報が待たれる。

(※)厳密には詳細な定義があるが、ここでは簡単のためにこのように記述する

References

Dynamic condensates activate transcription
http://science.sciencemag.org/content/361/6400/329.summary

Cliff Brangwynne (Princeton & HHMI) 1: Liquid Phase Separation in Living Cells
https://www.youtube.com/watch?v=AP47mIkd-h0

Phase Transitions in Cells
https://www.youtube.com/watch?v=DLcDfjEYoNg

A Liquid-to-Solid Phase Transition of the ALS Protein FUS Accelerated by Disease Mutation
https://www.cell.com/abstract/S0092-8674(15)00963-0

サラダドレッシングの物理: ドロップレット型相分離の新しいメカニズムの発見
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/a_00400.html

 

“Breakthrough of the Year: Science誌が選ぶ2018年の革新的研究と9つの重要成果” への1件のコメント

  1. yeptube より:

    s reporters and editors are homing in on the Breakthrough of the Year, our choice of the most significant scientific discovery, development, or trend in 2018. That selection, along with nine runners-up, will be announced when the last issue of the year goes online on 20 December.

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